1983 FUKUOKA INTERNATIONAL OPEN MARATHON CHAMPIONSHIP

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<日本のマラソンは強かった/1983 FUKUOKA INTERNATIONAL OPEN MARATHON CHAMPIONSHIP> オリンピックの度に繰り返される選考問題。今回も女子マラソン選考が問題となっている。私はもう複数選考会から一発選考に戻すべき時期だと思っている。私の記憶が正しければ1984年のロサンゼルスオリンピックまで、男子は、福岡国際マラソンの一発選考だった。だから1983年の福岡国際マラソンには、当時を代表するランナーである瀬古さん、宗兄弟、伊藤さん、喜多さんが出走され、イカンガー、サラザール交えた壮絶なレースが展開された。 オリンピックを目指すランナーの一発選考の真剣勝負の凄さを目の当たりにした。30km以降、先頭集団から離脱されながら、一度は追いついた喜多さんの言葉「頑張らなければならないと思った。」という思いを翌日の新聞で知った。当時私は平和台のスタンドにいたが、TVで放映された喜多さんの力走にスタンドはどよめいた。また、あと一歩のところで、敗れた伊藤さんが表彰式の後、瀬古さん、宗兄弟のところに歩み寄られ、何やら声をかけられている姿が今でも忘れられない。一発選考だから、後腐れなく、敗れても清々しくライバルにエールを送られていたのだと勝手に思った。全ては昨日の出来事のように鮮明に脳裏に焼き付いている。 確かに、一発選考にしても、複数選考にしてもメリット、ディメリットはある。どちらが絶対的に良いとは言いがたい。しかし、私は、進歩するには何事も変化が大事と思っている。ソウル以降、完全に複数選考会に移行し、女子では、高橋さん、野口さんの金メダル、男子では森下さんの銀メダルという栄光の時代があった。ところが近年のオリンピックでは、男子も女子も栄光の時代は古き良き思い出となってしまった。ここらで選考方法自体に変化を求めてもよい時期だと思う。

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